MONODA TOKYO » 2013年1月9日

Daily Archives: 2013年1月9日

ブランディング

真っ向から喧嘩すると対等になる

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映画『ドロップ』がまさにそうだったように、転校先で一気に名前を売るには、その学校で一番強い番長に挑戦してガッツを見せる。そうすることである一定の評価を得て、その後は一目置かれるポジションをゲットできる。

ケンカによっぽど自信がない限り、間違っても下の奴らから一人づつ戦ってはいけない。また、その学校の生徒たちがハッキリ番長と認識していない、裏番長と戦ってもいけない。

ここで一番大切なのは、あくまでもその学校の「番長と真っ向からケンカした」という印象。これがあなたの価値を高めてくれるのだ。実力ではない。あくまで印象なのである。

この作戦はネット上でも結構使われていて、あえて人気のあるブロガーにケンカを吹っかけて、議論を巻き起こすことで「著名人と真っ向からケンカした」ということで注目を集め、ある程度のポジションを獲得するという戦略を意図的に行っている人がいる。

ただしネットの場合は印象よりも、内容をシビアに問われる場合が多いので、ある程度自信がある場合のみにしておいたほうがいい。この戦略を企業でうまく使っている事例もある。

弱者の企業の場合、先行企業の弱い部分を分析して勝負できそうな部分を洗い出しそこに自社のリソースを投入するのが定石。だけど真っ向から挑むことで相手の圧倒的なパワーをうまく利用することもできる。

その当時、資生堂の牛耳っている、化粧品業界に参入した時のカネボウの戦略がそうだったらしい。資生堂がたとえば10だとすると、当時のカネボウは1ぐらいの売上しかなかった。

ところが、資生堂が春のキャンペーンで口紅をやると、カネボウも負けじと口紅をやる。秋にアイシャドウをやると、カネボウもアイシャドウをやる。そうすると、一般の人には、10対10の会社に見えてしまう。だれも10対1の売上しかないとは思わない。

そして売上だんだん10対3や4になっていく。相手の大きな舞台を逆利用するズルいけど見事な戦略だ。資生堂にしてみたら、向こうからケンカを仕掛けられているわけで、無視するわけにもいかないので、相手にしちゃうと、もう1対1になっちゃう。腹立たしいだろうな(笑)だから本当にある程度近づいたら差異化する必要があるけれど、そこまでは相手の力を利用する。こういう弱者の戦略、好きだわ。


今日のワンテーマ

ほんとうの超一流の人はオーラが“無い”!?

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街中でスポーツ選手や芸能人にあった人は大抵オーラがすごかったとか、オーラを感じなかったという話をする。僕はオーラというモノ自体存在するのかよくわからない。

だけどなんとなくこの人やりそうな空気感というか、この人タダモノではないなという空気感は感じたことがある。スポーツ選手や芸能人は常に人に見られることが仕事なので、一般人とは違う、存在感や華を持っているのは理解できる。

じゃあ多くの人の上に立つ組織の長はどうだろうか。あるネットの記事にこんなことが書いてあった。数千人の経営者と会ったことがあるコンサルタントによれば、

「ほんとうの超一流の人って、オーラが無く、ポヤンとどこかヌケていて、大丈夫かな?って思われる。そうして周りを張りきらせるので大勢に助けられて、ますますVIPになっていく逆に仕事できますって顔しているヤツは精々1~2千万レベルのプレーヤー」。

どう思う?超一流は本当にオーラがないのかな?ソフトバンクの孫さんや、ユニクロの柳井さん、よくメディアに出演する両者のイメージは強烈で、
オーラ全開の感じがするんだけど、これはレアケースなのかな?

でも、もし本当に超一流の人がオーラを感じさせないとしたらその理由はどこにあるのだろうか?

ひとつだけ言えるのは、おそらく僕たちは自分よりも優秀な人を見極めれるスカウターはもっていない。だから自分の人を見る目は大したことないという前提で、誰と接するときでも後悔しないように心掛けたほうがいいよね。BMWを1年で1000台ぐらい販売するベテラン営業マンでさえ、店頭に来た人が買うか買わないか、見た目や雰囲気で全くわからないらしい。

「チャンスは、いつもとぼけたツラやピンチのふりしてやってくる」。たぶん


今日のワンテーマ

「救世主」はどこにもいない

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救世主

「救世主」はどこにもいない。ひとを、誰かを救えるひとなど、存在しない。わたしを助けられるのは、わたししかいない。

どん詰まりのどうしようもない状況でも、人生の手綱は決して話してはいけない。考えろ、考えろ、考えろ、もがけ、もがけ、もがけ。

なぜか分からないが、絶望的ですべてが終わったと思われるところから、ムクムクっと希望の芽が顔をだしてくる。

本当に辛い状況になるとその状態から目を背けたくて、無かったことにしたくなる。他のものに逃げたくなる。思考停止になる。絶対ダメだ。どんなにしんどくても手綱を離すな。

甘い話にのるな。100%詐欺だぞ。先人達の事例を徹底的に調べろ。選択肢をふやせ。今思いついていない第3の選択肢が最適解の場合がある。

人生の手綱を最後まで離さない人間は、不思議なことに 死亡確定のどん底までは落ちない。自分が想像もしていなかった形で途中で引っかかって、何とか首の皮一枚で希望が見える。

だから、どん詰まりのどうしようもない状況でも、人生の手綱は決して話してはいけない。考えろ、考えろ、考えろ、もがけ、もがけ、もがけ。そして、問題の状況を冷静に把握しろ。

(1)今すぐ解決できそうな問題
(2)今年中に解決できればいい問題
(3)自分だけでは解決できない問題

オッケー。状況が把握できたら、今すぐ考えても解決できない問題に悩んでも意味がない。開き直ってさっさと寝よう。

絶望的な状況を笑いに転化しろ。ユーモアを忘れるな。後からどうやってこの状況を人に面白おかしく伝えるか考えろ。大丈夫、笑って話せる日が必ずくる。

悲劇もちょっとフォーカスをひいて見ればすべて喜劇だ。想定外のハプニングがないドラマはつまらない。後から振り返れば、今は耐え難い絶望的な状況もちょっしたスパイスのようなものだ。

もう一度言う。

「救世主」はどこにもいない。ひとを、誰かを救えるひとなど、存在しない。わたしを助けられるのは、わたししかいない。

どん詰まりのどうしようもない状況でも、人生の手綱は決して話してはいけない。考えろ、考えろ、考えろ、もがけ、もがけ、もがけ。

大丈夫、最後はなるようになる。